自己の限界へ挑戦!!

第24回チャレンジ富士五湖(72K)完走記

平成26年4月20日(日)
天候:曇りときどき雨 最高気温:6度

今年、自分自身にとってのメインレースは、6月1日に行われる「柴又100K」。
昨年6月に行われた「柴又100K」では、60Kの部に出て完走できたので、今年はいよいよ100Kにチャレンジしようと思っています。

しかし、いきなりの100Kチャレンジは、正直不安があるので、その前哨戦として、この富士五湖の72Kを是非とも完走しておきたいと、出場を決めたというわけです。

実は、今大会の2週間前に、コースの一部(河口湖~西湖~本栖湖)を30キロほど試走しました。
この試走が、やはり本番で役に立ち、試走しておいてよかったと思いました。

今回のレースには、
ルートイン河口湖というホテルに宿をとり、前泊後泊という構えをとりました。

大会当日の朝は、6時40分にホテル玄関前から会場直行のシャトルバスにて約30分、大会会場となる「富士北麓公園」に向かいました。

天気は生憎どんより曇り空で、ときどき小雨が降り気温も低くて肌寒いという残念な天候。
せっかくの富士山もまったく見えず、辺りも濃い霧がかかって、100メートル先が見通せないという状況。

富士北麓公園の体育館の中で、出走の準備を整えて、スタート時間まで体を休めていましたが、これから始まる未知の世界への冒険に対するワクワク感と不安感が微妙に混ざり合う複雑な感情でした。

8時15分のスタート時間が近づき、スタートラインに並ぶ。
参加者数は「112キロ」「100キロ」「72キロ」各部総勢で約4000人というが、「112キロと100キロの出場者は、明け方にスタートしているため、72キロの出場者のみでこじんまりとスタートラインに・・・。

気温が低く、最低気温1度、小雨が降るグラウンドに立つと、なんだか、先行きが不安になってくる。

なにしろ、自分にとって最長不倒距離に挑戦するという漠然とした不安感、そして悪天候への不安とで、緊張感がピークに達していた。

定刻の8時15分、スタートの号砲とともに走り出す。

今回は、半そでのハーフジップシャツとハーフタイツに短パン、アームウォーマー、レッグウォーマー、大きめのウェストポーチに補給用ジェルやらアミノバイタル粉末、アメなど沢山つめこんで腰に巻き、少し厚手のジャケットに雨対策として透明なビニールのポンチョをかぶりました。

ウルトラマラソンは、超~長距離を、超~長時間にわたり走り続けることになるので、暑さ対策、寒さ対策、エネルギー補給、水分補給などを考えて、万全な装備で臨まないと不安です。

走り出しは、富士北麓公園から河口湖判までの長い下り坂から始まります。
大勢のランナーが山道を隊列を成して走ります。

しばらく行くと、平地に出て、一般道路の狭い歩道を、信号を守って走ります。

今回のマラソンも、妻と二人での参加です。
我々夫婦は、お互いに同レベルのランナーなので、歩調をあわせてユックリ並んで走ります。
しかし、妻は、この富士五湖72Kを過去2回参加し、2回とも完走しているので、ある意味、私よりもベテランのウルトラランナーなのです。

ペースメイクも、妻に任せて、私はそれについていくだけ・・・。

富士吉田市内を抜けて、河口湖~西湖とめぐり、ようやく30キロ通過。

30キロ地点の「西湖・野鳥の森公園」のエイドでは、妻のラン友さんたちが、私設エイドを出してくれていました。
ジュースやおにぎりなどの補給食を美味しくいただき、元気パワーまで与えてくれて、感謝に気持ちでイッパイになりました。

国道139号線をしばらく行くと、精進湖に入る交差点を右折。
精進湖をぐるっと回って、再び国道139号線に戻ってきます。

精進湖は、富士五湖の中で最も小さい湖らしいのですが、35キロ以上走ってきた足では、とっても長く感じました。

国道をしばらく走ると、ようやく72キロの折り返し地点である本栖湖県営駐車場のエイドに到着。
このエイドがスタートから42.1キロ。
フルマラソンを走り切った距離になります。

ここで、スタート地点で預けた荷物を受け取り、ユンケル皇帝液にてドーピング(笑)
消耗した心と体に活を入れました。

ドーピングといえば、今回のレースに出るにあたり、アミノバイタル粉末を10包くらいウェストポーチに忍ばせて、エイドごとに飲む作戦を立てました。
この作戦は、大正解だったと思います。

15分くらい休憩して、さあ、折り返し!!

ここからゴールの富士北麓公園まで、30キロ。

あと10キロレースを3本走ればいいんだ・・・・。
と自分に言い聞かせて、ズッシリと重くなった足を奮い立たせようと頑張りました。
しかし、下手に15分も休んだのがイケなかったのか、走り出したとたんに、左足の付け根に激痛が走った。
着地するたびに衝撃が走る。
まずい! 
でも、ダマシだまし走るうちに、痛みもなくなったので、そのまま走る続ける。

本栖湖を背にして、しばらくは長い緩やかな上り坂を上っていく。
もはや、走っているのか歩いているのか分からないくらいに、ペースダウンする。
そんな私に気付いていないのか、妻は相変わらずのリズムでどんどんと先に走って行ってしまう。
なさけない・・・。妻に負けるとは・・・・。男のコケンにかかわる・・・。
そう思うものの、体は言うことを訊かず、とうとう妻の後姿さえ見失う始末。

もう、歩こう・・・。無理してここでダウンしたら、元も子もないし・・・。
今回の目標は、あくまで制限時間内での完走あるのみ・・・なので・・・。

この区間で最もきつく感じたのが、富士の樹海をまたぐ赤池大橋です。
この橋は、長く上り坂が続き、なぜか気持ち的にも辛い箇所でした。

しばらく辛い走りが続いて、ようやく再び、「西湖・野鳥の森公園」のエイドに到着。
再び、妻のラン友さんたちの私設エイドで腰を下ろして、オニギリなどをいただいて、元気パワーを充電!

この地点で、スタートから50キロ。
あと、残り22キロ。
ということは、あとハーフマラソン1本走ればいいんだ・・・・。
よし! がんばるぞ!

しかし、元気はここまでだった。

西湖のほとりに出ると、とたんに足が止まってしまった。

再度、妻においてきぼりにされ、トボトボと力なく湖畔を進む。
後ろからきたランナーに次々と抜かれて、だんだんと情けなくなってきた。
無理に走ろうとすると、気持ちが悪くなってしまうので、無理せず歩くことに・・・。

ようやく西湖から河口湖に向かう分かれ道に出て、立ち止まって私を待っている妻と合流。
「大丈夫?」との妻の問いかけに、力なく「・・・大丈夫じゃない・・・」と応える自分が情けなくて・・・・。

「あと15キロくらいだから、がんばろうよ!」
という妻の激励に、「よし!」と気合を入れ直す。

ようやく58.2キロ地点の「西浜小・中学校」のエイドに到着。
このエイドでは、隅の方にうずくまって動けなくなっている「112キロ」と思われるランナーが数人いた。
きっと、私が112キロに挑んでいたら、こうなっていただろう・・・と、背筋が寒くなった。

ゴールまであと残り14キロ。
誰もが皆、限界に近かったと思う。

小休止のあと、一気にゴールまで行こうと決意して、西浜小・中学校を後にして、河口湖に向かう。
沿道の数カ所で、動けなくなって座り込んでいるランナーを数人横目に見ながら、最後の気合を振り絞って走る。

河口湖を抜けて、大通りに出る。
とたんに足が止まった。
まずい! 気持ちが悪くて吐き気を催してきた。
無理せず、しばらく歩くことにした。

妻も私を気遣ってくれて、一緒に歩いてくれた。
「申し訳ない! 君だけだったら、もっと早くゴールできるのに・・・。俺が情けないばっかりに・・・・」
悔しさと情けなさで、胸がいっぱいになってしまった。
そんな私を責めもせず、心配してくれて、歩調を合わせてくれる妻に、本当に感謝の気持ちでイッパイになった。ありがとう!!

やっとの思いで、最後の関門である「河口湖ステラシアター」に到着。
残りあと5キロ。
ふと時計を見たら、制限時間まで残り50分くらい・・・。

時計を見て「やばい! もうモタモタしている余裕はない!」
給水もソコソコに、出発する。

ゴールの富士北麓公園までは、長い急な上り坂が、延々と3キロ以上続く。
もはや上り坂を走る気力体力ともにないので、妻と二人、早歩きで進む。
時刻は夕方の6時過ぎなので、辺りは真っ暗。街灯も少なく、悪天候のため霧が濃く、とても見通しが悪い。
山の中なので、周囲のヒト気といえば、疲れ切ったランナーが歩く姿がチラホラ・・・。
まだかまだか・・・と、やたら長く感じた3キロあまりの道程だった。

ようやく上り坂を登りきり、時計を見たら、制限時間の15分前!
残り1キロ半くらいを、妻と二人で全力ダッシュ・・・!
暗闇の中、足元の悪い箇所があって、危うく転倒しそうな場面もありましたが、なんとか無事に競技場内に入ることができた。
大歓声の中を、妻と手を取り合ってゴールイン!!!

完走メダルと記念のバスタオルを体にかけてもらい、大会プロデューサーである坂本雄次さん(24時間テレビのマラソンコーチで有名)から、労いの言葉をかけてもらい、硬い握手を交わしてもらいました。
思わず感動し、込み上げる熱いものを目頭に感じて、「ありがとう!」の言葉が声になりませんでした。
不覚にも本当に泣きそうでした。

終わってみれば、制限時間10分前(10時間49分42秒)でのギリギリのゴールでした。

本当に完走できてよかった~~!
俺は、72キロを走り切ったのだ!

レース後半は、本当に辛くて仕方ありませんでしたが、公式エイドで熱くもてなしてくれた多くのボランティアさん、私設エイドで優しくもてなしてくれて元気を与えてくれた妻のラン友さん、多くの大会運営スタッフ、そして何よりも挫けそうな自分を励ましてくれて最後まで付き合ってくれた妻に、大いなる感謝の意を表したいと思います。

「本当に、本当に、ありがとうございました!!」